オーマ兄弟
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 「おはようございます〜逢魔兄弟です」

 「最近妙に肩が重いな〜とか」

 「妙〜な視線を感じるな、とかありませんか?」

 「そんなよろず霊障請け負います!」

 「安心、便利、各種祈祷を思いやり価格で!」

 「・・・・・・警察呼びますよ」

 バタン!・・・と扉が壊れそうな音に縮み上がっているとその隙に鍵を掛ける音。ご丁寧にチェーンロックまで掛けて念入りな事この上ない。しばし・・・もしかしたらもう一度開かれる事は無いかなと祈る気持で待ってみるも、無情な足音は遠ざかったきり、遠くの空で閑古鳥が鳴いているのみ。

 「全然駄目じゃないか。ったく、誰だよ、マンションなら能率よく回れる〜何て言ったのは」

 じろ、と眼鏡の位置を直しながら傍らの相棒に文句を垂れている方を嵐と言う。

「お前だろ!だ・か・ら、おれは最初から反対だって言ったんだ、こんな街中で営業なんて」

負けじと、猫のように目を吊り上げて今にも噛み付かんばかりの方を凪と言う。揃いの作務衣に雪駄、重そうな背負子の横面に大きく、逢魔、と墨書きされている。

だが。

時は平成、新世紀。場所は都心から通勤圏内の新興住宅地。ネットワークは発達の一途をまい進し、人々の生活はグローバルでコンビニエンス。今こうしている間にも見えない電波が彼らの頭上を無数に跳んでいると言うのに・・・田舎者より時代遅れより、時代錯誤この上ない。

胡散臭さもこの上ない。当然、誰も彼らの言葉に耳を傾ける者などいるはずも無く、こうして朝から何の業績も無いままに、マンションのすべての門扉を制覇してしまったのだ。

「だからおれは町になんか出たくなかったんだよ」

「この間は町に行ってみたいって騒いでたのに、コロコロと忙しい奴だな」

「それは遊びに行きたかったの!分かるだろ。・・・大体、こんな土も見えないような所に霊害なんてあるかよ」

「とか言って。本当は早く終わりにして、遊びに繰り出したいのだろう?」

「それは、そうだけど・・・」

後ろめたそうに、とうとう降ろさずに終わってしまった背負子に目をやる。日中の勢いを欠き始めた日差しにさらされた逢魔の字に、どやされる事などあるはずも無いのだが。それでも凪はしょぼん、と肩を落として上目遣いに嵐の方に顔を上げる。こういう所が狡猾なんだよな、と思いながらも自覚が無ければどうする事も出来まい。嵐は半ば諦め一つ息を吐くと、出来るだけ優しい声音を使って、

「そんな顔をしなくても怒ったりしないよ」

「そうじゃなくて・・・おれ金持って無いもん」

嵐はひとり、背負子を背もたれにあくびをかみ殺していた。おあつらえ向きと見付けた公園は山肌に沿って、日が傾くにつれ影を濃く、人々の足並みを遠のかせてひっそりと、人口の沢が耳に心地いい。これが朝からさんざん無駄足を踏まされたマンションのすぐ裏手というのだからなお良い。むやみに動き回るのは趣味じゃない、そう言うことは凪に任せておいて・・・

と、影が差して目を開けると妙齢の美女が一人。嵐は思わずがな眼鏡をかけなおし、顔を引き締める。

「あなた、お祓いとかしてくれるの」

「なんでも、とは行きませんけどね。何かお困りですか」

「そこに・・・橋が架かっているでしょう、あそこ、変なのよ」

指差す先を辿るとそのとおり、朱に塗られた橋がかけられており、それを渡ったすぐ向こうにマンションの自転車置き場が見えている。嵐はもう一度、眼鏡を上げて確認して、彼女に向き直る。

「眼鏡、合っていないの?」

「今そのために貯金しているんです。それより、そこの朱色の橋ですね、見てみましょう」

言いながら目顔で彼女を促し、並びになるまで待ってようやく歩き出す。橋まではほんの数メートル、木立の影を抜けるとまだ日は明るく、暮れはじめた夕日が目にまぶしい。

「特に・・・私には分からないだけでしょうか。どうして、変だと思ったのです」

「ただなんとなく、そう思っただけです」

「なんとなく、ですか。・・・なんとなく、どうしてもこの橋を越える事が出来ないとか?」

彼女の目が釣りあがるのと、場違いなくらいすっとんきょうな声に出鼻をくじかれたのは、ほぼ同時だった。

「嵐、お待たせ!タイヤキ買うのに手間取っちゃってって・・・あ〜!!お前、おれのいない隙にそんな美人と!」

「ばか、でしゃばるな!」

「ちっ・・・こほん。ボウヤ、美味しそうね、あたしもいただいていいかしら」

「そりゃ、もちろん・・・」

止めるより早く彼女は身を低くして、獣のように飛び掛かる。その跳躍たるや橋の反対側にいた凪までの距離を軽々、声を出す間もなく固く目を瞑った瞬間。

・・・・・・あれ?

「でしゃばるなって言っただろう、ばか」

たっぷり一拍置いて。ぽか、と頭を叩かれて目を開けると嵐の、怒り半分呆れ半分の顔がすぐ目の前に来ていた。

冷めかけたタイヤキを仲良くほおばりながらも、嵐はむっつりと眉間にしわを寄せたまま、凪はうつむいたまま話しかけるタイミングを見計らっていた。

「大方、この山に昔から住み着いてる古狐だろうよ、このマンションが建った時に引っ越し損ねたのだろう。唯一のそこの、朱塗りの橋にあんなに塩を盛られては身動きも取れずに、悔しくて恨めしくて。それで凪に八つ当たりしたんだろうな」

「嵐には見えていたのか、あいつの正体」

「おかげさまで。眼鏡を外せば百鬼夜行ばかり見えちまう難儀な目ん玉だからな。ってお前、本っ当に鈍いな、気配で分かりそうなものだろう」

「だっておれ、嵐みたいな超能力者じゃないもん」

「霊体も妖怪も狐狸も、人間以外は何でも祓う、と言うかぶっ飛ばす、無差別浄化体質が超能力じゃなかったら何だってんだ」

「だったらちゃんと説明しろよな、それだったらおれだって」

「本人を目の前に、今ちょうど狐のお化けを罠に掛けようとしている所だからそこで見てろって?」

むう、とむくれているのか、口いっぱいにタイヤキをほおばって膨れているだけなのか。だが、今度と言う今度は甘い顔はしない。だってこれまでにも何度、この凪の詰めの甘さと頭のゆるみ加減で失敗した事か。

「きつく言い過ぎたのは悪かったよ。でも、もうちょっと場を読めるようにしろ、な?」

「・・・ごめん」

「そう、しょげるなって」

「そうじゃなくて。実はおれ、あり金全部タイヤキに換えちゃったんだ」

「はぁ、しょうがない奴だな。でも、おれだってちゃんと考えて・・・」

「そうじゃなくて、嵐の懐と背負子の底に隠してある本当に全財産」

す、と風が背中を抜けて食べかけのタイヤキを取り落としそうになる。が、そんな事を気にしている場合じゃない!急いでタイヤキを口に押し込み、懐と背負子の底のへそくりを確認する・・・

肩越しに。改めて見ると何だ、この量は。大ふろしき一杯にほくほくと湯気を上げるタイヤキなんて、漫画でしか見たことが無いぞ?

「えへへ、ごめんね」

へら、としまりの無い頬には大粒の、ゆで小豆までもが薄ら笑っていた。

                                 了

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